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服育コラム

VOL.8 【原始布】その他の原子布

【その他の原始布】

藤布 藤はマメ科のつる性落葉木本で近畿以西や四国、九州の山野に多いといわれますが、東北の日本海側でも多く自生しています。東北では五月頃花の咲く前に刈り取ります。強執で他の植物に巻きつくために除去されて布や糸につくられましたが、繊維は柔軟で丈夫なため衣料として重用されました。藤布は日本各地の山間部でみられ、藤子、太布と呼ぶ地方もある。丹後の山間部辺で遅くまでつくられていましたが、羽越(山形、新潟)の県境山間部でも近年まで織られていました。
厚司織 しな布と同じ樹皮繊維です。
オヒョウという楡科の樹皮で織られたアイヌの織物で、やわらかく強靭です。経糸の先を束ねて杭か柱に結びつけ、一端を腰にくくりつけて座ったまま原始的な戸外機で織っていきます。(この織物で出来た衣服をアイヌ語でアットゥシといいます。)昔は普段着、晴着、頭巾、鉢巻、帯、前掛け、手甲、脚半、刀掛け帯等に用いられていましたが、現在は土産物としての敷物、壁掛け、帯、袋物等がつくられています。
草皮布 東北の山間部では田畑が少なく、植えられる麻の量も限られていました。
このため山野に生えている繊維性の強い草本植物も多く利用されました。シナや藤が少ない地方でよく見られ代表的なものがイラクサ科の植物です。山野に自生する多年草で、イラクサ科のイラクサ、ミヤマイラクサやアカソ、カラムシ、ヤプマオなどがよく利用され、地域によってイラ、アイ、アイコ、ヤマソ、オロなどと呼ばれています。ミヤマイラクサは秋に刺が落ちる頃に刈り取りますが、上質な繊維がとれたため織布の材料として使われました。若い茎はアイコといわれて食用になります。太古の昔から食用であり、又着衣にも用いられたのです。
一方アカソや野生のカラムシ(野がらむし)丈夫ですがの繊維が短いため、主に編製品(生活用具類)の材料として、又古代から編衣の材料に用いられていました。
これ以外にも野生化した大麻は山麻と呼ばれ利用されました。
紙布 和紙を細く切り、紙縒糸にして織った布を紙布といいます。
経・緯共に紙を使った双紙布もありますが、経に木錦や絹を用いた綿紙布や絹紙布が多く見られます。仕事着としては緯に反古紙を紙糸とした太地のものが多いです。紙は保温性があり、軽く、汗取りもよく、乾きも早いです。また、織られた布は水を通すと更に強く、肌ざわりもよくなりました。
紙布は紙濾場近辺で作られる他、和紙や反古和紙を求めて町家で織られたものも多くあります。更に、軽く強靭な紙磋糸は、肌着、帯、蒲団地、連索(背負縄)、身廻り品や生活用具品にも利用されました。紙は布に織る他に、手濾和紙の厚紙に蒟蒻糊や柿渋を引き、乾燥して揉みやわらげて作った紙子(紙衣)としても利用されました。主に僧衣や陣羽鼓などに用いられましたが、後に庶民の間にも広まり防寒衣として珍重されました。
裂繊 錦花の栽培に適さない東北では、木綿布は高価なため、西日本から北前船で運ばれる古着木綿が普及していました。
貴重な木綿は最後まで大切に使われましたが、その一つが古木綿を裂いて緯糸にして織った裂織です。 樹皮や草皮の繊維でつくられた張りのある布とは違い、保温性があり体型になじみが良く着心地が良かったため、普段着や労働着として大いに作られ用いられました。山陰から東北地方にかけての日本海岸一帯でよく見られます

原始布から先人たちの知恵

原始布を私たち祖先が行きていくために作った布という観点から見てまいりましたがその多く使用されていた原料は草木の靭皮でありました。綿作が広く行われるようになったのは江戸時代中期頃ですから、それ以前は上流(貴族等)階級を除いては、原始布的な織物を身にまとっていたと思われます。それとても、東北や日本海側は気温が低く綿作に適していなかったため、自家用としても、これらの織物作りの伝承があったのだと思われます。又、身近で取れる原料という意味では、例えば沖縄の芭蕉、あるいは、掛川の葛、北海道のオヒョウのように地域の特性も大きく感じられます。

又、原始というのには少し抵抗はありましたが、裂織や紙布等は少ない資源を大切にしようとする先人たちの知恵を感じました。特に、紙布を作るのに使い終わった大福帳を使っていたというのは驚きでした。